長谷川三千子氏の「正論」(男女共同参画)

ここに取り上げたのは、「委員長のつぶやき」 というブログからです。
   URLは下記です。
     http://www.alltenmaya.org/weblog/member1/2007/07/post_132.html

 長谷川三千子氏は、埼玉大学教授で上記タイトルは、2007年7月9日の産経新聞の正論欄に載った論説だそうです。

 残念ながらこの記事自体は見つけることが出来ませんでした。

 下記は、この委員長さんのコメントです。  全文掲載

・・・ >先日の中間報告は、少子化の原因は産みたいのに産めないといふ「希望と実態の乖離(かいり)」にあると分析してゐる。

ところが、ではそれをどう解決すべきかといふ話になると、たちまち女性の仕事と子育てを両立させられる社会へと変革しなければならぬといふ、実態をはなれた処方箋(せん)が持ち出されてくる。

 >実際には「今後子どもが欲しいと考えている女性」のうち約8・4割が、子供が3歳になるまでは常勤で働きたくないと考へてゐるのである。

つまり彼女たちが求めてゐるのは、保育所や社内託児所の充実ではなくて、むしろ2人の子供を産み育ててゐる5、6年の間、一家が安心して暮らせるだけの賃金を夫が得られることの保証なのである。

 また事実、さうした保証を得ることのできない非正規雇用の若い男性の結婚意欲と結婚率はきはめて低い。

そもそも子供を産むといふことは、それだけでも女性の身体にたいへんな負担のかかる大事業なのであつて、その時期も外で常勤の働きをせよといふのは酷な話である。

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 「彼女たちが求めてゐるのは、保育所や社内託児所の充実ではなくて、むしろ2人の子供を産み育ててゐる5、6年の間、一家が安心して暮らせるだけの賃金を夫が得られることの保証なのである」という発言は、結構説得力をもつのではないでしょうか?

もちろん、このような論理は、「男性は外で働き、女性は家庭で子育てをする」という性による役割分担を前提にしているところがあり、フェミニスト系の方々からは違和感のある発言かもしれません。

ただ、ひたすらリベラルな男女イコールフッティングの自由競争を唱道する立場の弱点というか、欠落した部分を的確に指摘している面があって、これをけしからんと喚いているだけでは却ってあなたの方が女性の天敵になりますよ的な問題提起が感じられます。

 子供を育てている間一家が安心して暮らせるだけの所得保障をしなければ子供を産む気になどなるわけないではないかという点は、全くの正論であって、今までの日本社会はそれをその夫の賃金を生活賃金と連動させるによって実現してきました。

それが、年功序列型のモデル賃金体系であったわけで、昨今の少子化の進展と年功序列賃金の崩壊とは無関係ではないような気もします。

 ただ、賃金が「生計費」であることは間違いありませんが、一方でそれが「労働に対する対価」であり、「成果に対する報酬」であることもまた事実です。

子育てをしている従業員全員に「一家が安心して暮らせるだけの所得」を無条件に保障した結果、会社の経営が成り立たなくなり、会社倒産→全員解雇ということでは困ります。

民間企業の場合、利益が確保できなければ会社が存続しないわけですから、長期にわたり一定の賃金水準を確保するためにはそれに見合う生産性の維持・向上が必要になります。

グローバルな競争環境におかれ、経済全体のパイが拡大しない低成長時代を迎えた昨今の日本企業では、生産性向上の重要性がますます増しており、この10年くらいの間に賃金の決定要素のうち職務内容や仕事の成果のウェートは高くなり、生計費など属人的なウェートは低下しています。

 また、特に雇用機会均等法施行以来、女性の社会進出は当たり前になり、女性の活躍なくして経営が成り立たない状況もいたるところで見られます。

 そのような大きな環境変化を踏まえれば、男性=世帯主を前提に置いた生計費連合型の賃金体系よりも、性や年齢に関係なく「職務内容」「仕事の成果」などを重視した賃金体系にならざるをえないのもまた現実でしょう。

長谷川氏の問題提起は「正論」ではありますがが、今後どのような社会を目指すのか、という問いには十分に答えきれていないように思います。

 全くの市場原理の上に立って男女イコールフッティングで競争しさえすれば、また、そういう競争が公正に行えるような環境を整備しさえすれば、パラダイスが来るかというと、そう簡単にはいかないでしょう。

現実に根ざしたいろいろな工夫を重ねながら、 それでも「あるべき姿」を目指して一歩一歩、着実に歩を進めることが大切だと思います。

 長谷川氏は「『ワークライフバランス』なる標語が連呼される」ことに懐疑的ですが、そういう言葉が普通に流通し始めたこと自体が、「あるべき姿」への確かな進歩だと思います。

投稿者: 管理者 日時: 2007/07/10/ 06:36  ・・・

  (正論かも・・ 男女共同参画 というのは、男性・女性が同じ事を為すことだとはどうしても思えません。
 
初期のフェミニズムの不備があらぬ方向へ向かい始めたと言えなくはないでしょうか。

唯、私もコメントで書いているのですが、女性の子育て期間に抱える経済的弱点について、
焦点を絞り討論・施策をこうじてほしいものです。)

 男女共同参画基本計画をこの人に聞く
目指すのは男女共同“家族・社会”です
 http://www.sankei.co.jp/seiron/koukoku/2006/0603/ronbun2-1.html


<同カテゴリー過去記事>

男性・女性問題

 東国原知事の徴兵制発言・・・http://paworld.at.webry.info/200712/article_2.html
 子供を産んで育てるよりは>>・・・http://paworld.at.webry.info/200801/article_18.html
こんな男がいるんですね!!・・・http://paworld.at.webry.info/200802/article_3.html
 意外な事実!!中国・・・http://paworld.at.webry.info/200802/article_5.html
 女はわがままになった 森英恵 談・・・http://paworld.at.webry.info/200802/article_11.html
外で働きたいが夫が認めない・・・http://paworld.at.webry.info/200803/article_2.html
 長谷川三千子氏の「正論」(男女共同参画)・・・http://paworld.at.webry.info/200803/article_14.html
 イプセン『人形の家』(新潮文庫、1989年73刷改版)・・・http://paworld.at.webry.info/200803/article_15.html
「親友」と「恋人」と「家族」と「仕事」あえて選ぶなら・・・http://paworld.at.webry.info/200803/article_19.html
男女共同参画に代表される女性権力(フェミニズム)の社会病理について言及する。
   http://paworld.at.webry.info/200803/article_20.html  
 未婚の女性の方々へ・・・http://paworld.at.webry.info/200804/article_3.html
 男らしさ・女らしさの追放・・・http://paworld.at.webry.info/200806/article_1.html
 恋愛下手なオトコたち ・・・http://paworld.at.webry.info/200806/article_2.html
 男は、負けたら拙い状況になる可能性は多いにあります。・・・http://paworld.at.webry.info/200806/article_9.html
 男は、負けたら拙い状況になる可能性は多いにあります。その2・・・http://paworld.at.webry.info/200806/article_13.html
【この現場】第4部・結婚はどこへいく(3)ずるずる晩婚・・・http://paworld.at.webry.info/200811/article_4.html
 ムーラン・ルージュ (たった1度きりのショー)・・・http://paworld.at.webry.info/200902/article_11.html
女尊男卑・・・http://paworld.at.webry.info/200902/article_15.html
 男子禁制!!ロッカールーム:第2回 オスの競争、メスのえり好み=篠田節子・・・http://paworld.at.webry.info/200905/article_9.html
 DVについて ・・・http://paworld.at.webry.info/200905/article_12.html  
 

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この記事へのコメント

しんちゃん
2008年03月25日 22:22
そこに男女がいるとき「性差」で語れることの限界点は何なのか?を見極めることが問題でしょうね。

例えば5人の男子と5人の女子がいるとして、そこにリンゴとミカンがたくさんあり、5人の男子が全員ミカンしか食べなかったとしても故に「男子にはミカン好きの傾向がある」とは断定出来ませんから。

 アメリカの大統領選も当初「黒人のオバマ氏」と「女性のクリントン氏」とメディアが極めて単純な2分法的な(黒人か女性か)問題提起したのは問題だとは思います。これだと、仮にオバマ氏が負けた場合は「やはり黒人は無理なのか?」という短絡的な考えが真っ先にきますから。事実はそんな単純ではないと思います。

 この種の2分法的発想自体に疑問があります。正しくは2元論というのですかね?
しんちゃん
2008年03月25日 22:43
上記記事について付け加えたい点があります。もし、「ある一定期間、安定した収入がないので子供を産む気にならない」が正論だと仮定するならば(注・富裕層にも子供なし家庭があるので世論かどうかは?)、単に預貯金がある程度になるまでは結婚を控えればよいかと思います。晩婚が増えるでしょうが、そもそも「あれも良し、これも良し」という風にはいかないでしょうから。何かを得るには何かを犠牲にするのは仕方ないと思います。
正論かも
2008年03月28日 16:42
 今日は。
全般は統計学的な視点で、一般論的に書いておられますよね。 出来ましたら、記事一つ一つに付いて具体的に書いて頂けると判りやすいのですが。^^
 後半部分について、私が言いたいことは、夫婦の問題というより、女性、一個人の事として考えている訳です。子育てに入ると、働かないから収入は無い(大きな企業や、公務員は別ですね)。一度会社を辞めれば、なかなか正社員では再就職出来ない(特別なスキルや資格のある方は別かもですね)。 等々、社会的、経済的弱点を抱えるわけですよね。<何かを得るには何かを犠牲にするのは仕方ないと思います。> このてんは、重要な事だと思います。 
 最近の女性は、両方受け取ろうとしてるのではないかな? と思わないでもありませんが。  
正論かも
2008年03月28日 20:07
 上記コメント、訂正です。
全般ではなく、前半です。
として考えている訳です。を 
 としての考えです。
しんちゃん
2008年03月28日 21:22
今日は。
前半は何でも統計データで解決することのアホらしさを言ったつもりですが‥ゴミがおちてるなら、夫であれ妻であれ、女性社員であれ、上司であれ、近くの者が拾ば済むと。買物、掃除、洗濯、料理、なんであれ、出来る人間がやればいいと。統計がどうあれ、あくまで人間としてやれることをやればいいと。(ただ医学など専門家(医学に限らず)には、例えば薬の副作用の統計データなど必要でしょうが)

後半は最初の記事の正論を前提とした場合、考えられる選択肢のひとつを提示しただけです。
しんちゃん
2008年03月28日 21:31
後半の話がずれましたね。続きです。すると、極端な話「独身女性が子供を育てながら仕事もする」にはどうすれば良いか?という問題に置き換えてもいいのでしょうか。それならばやはり「保育施設の充実」が今現在の制度のなかでは最も有効なのではないでしょうか。
正論かも
2008年03月29日 14:12
 しんちゃん さん 今日は。
<置き換えてもいいのでしょうか> 置き換える必要はないし、むしろ置き換えたら拙いのではないでしょうか。置き換えるという意味は、前のが無くなる事を意味しませんか。
 「独身女性が子供を育てながら仕事もする」というのは、あくまでも一つのケースですから、その対応には、仰るように「保育施設の充実」が最も有効なのでしょう。
 
しんちゃん
2008年03月29日 20:03
正論かもさん。今日は。
いやいや「女性、一個人の立場」からの考察と仰られるので、
1・女性であること。2・子供がいて育てなければならないこと。3・2の目的のために仕事をしなければならないこと。‥のみを前提条件として、さらにその上で結婚して夫がいる場合とそうでない場合とを記したまでですが。
 まだ、戦前から戦後すぐまでは東京でも子育ては地域みたいな「子育て共同体」のような社会があったそうですが、最近はありませんね(地方はどうか知りませんが、都市化が進んでいるようなので、少なくとも失われつつあるのでしょう)。従いまして、女性が子育てしながら仕事する場合は身近に協力者が必要で、その意味で夫がいた方がベター(可能性レベルも含めて)なわけです。そうでない場合は可能性自体がないわけですから、受皿としての「保育施設」が必要となるでしょう。
正論かも
2008年04月12日 07:05
 しんちゃんさん 今日は。
私は次のように書きました。
 <夫婦の問題というより、女性、一個人の事として考えている訳です。> それが何故、
 <いやいや「女性、一個人の立場」からの考察と仰られるので、> となるのかな?
 文章は正確に解釈して頂きたいです。
 そうしないと誤解が誤解を生むような、悪循環に陥ります。
 
しんちゃん
2008年04月24日 21:57
正論かもさん。今日は。
逆にお尋ねいたしますが、「夫婦の問題というより、女性、一個人の事」とは一体何のことでしょう?そもそも、一人の男性と一人の女性が結婚するわけですから(日本では)。
仰ってることの真意がイマイチ分かりません。いかなる社会関係の中であれ、人間はあくまで「一個人」であって、「夫婦」というのも一種の契約みたいなものだから、「夫婦の問題というより」と、問題提起において夫婦関係を二の次にするのは‥。例えば、共同生活しても、「一個人の行為」に帰属するものは沢山ありますね。トイレにいったり、食事したりするのは、一人暮らしであれ家族生活であれ行うものでしょう。その種の行為について言及されているのか‥?
正論かも
2008年04月28日 19:10
 しんちゃん さん 今日は。
意味とか真意とかの前に、国語的な解釈の事を書いたつもりです。
 私の文章は、女性を対象としてみてる。
しんちゃん さんは、女性の立場(視点)からみられている。 見られるほうと、見るほうでは正反対ですよね。 
しんちゃん
2008年04月28日 22:21
正論かもさん、今日は。
対象はそれを対象とするもの(多くの場合、主体=私)の存在があって、対象たりうる。
また、主体は客体となるもの(対象)の存在があってはじめて主体たりえる。
つまりは「相互依存」関係ですね。

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