男は、負けたら拙い状況になる可能性は多いにあります。

 獣的な社会ならなおさらです。

女性は本能的に強い(肉体的、容貌、能力)<その一つの証として経済力が判り易い目安です。>
男性を求めます。

 優秀な子孫を残す本能なんです。
 
強い者だけが残る動物的な社会。

人類は、それを克服してきたかに見えました。
 しかし女性が社会進出してきたり、発言権が強くなると、女性の本能が底流に流れ始めます。

 女性は強い(優秀な)ものを求めます。

 弱い(無能力な、経済弱者)男性は排除されます。

  私には、そういう社会は決して良いとは思われません。

  優秀な政治家・思想家が現れることを願います。

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この記事へのコメント

しんちゃん
2008年06月17日 21:34
正論かもさん。今日は。
「優秀」な男性を求める女性の本能に否定的な意見ということなのでしょうか?
その意見だと「優秀な政治家や思想家」というのは女性になりますね。
正論かも
2008年06月18日 18:57
しんちゃん さん 今日は。
アハハ。そういう風に書かれましたか。
 私の真意は別スレッドで書きたいと思います。 ここでは、私の書いた文章としんちゃん さんの書かれた文章を字面通りに解釈したいと思います。女性は本能的に強くて優秀な男性を求めます。だから、弱者に対して本物の優しさは持てません。負けてしまった者に対して、慈愛の心は持てないのです。 そんな女性に政治家にはなって欲しくありません。偉大な思想家になどなれるわけも有りません。 という風になります。 ・・・ 私の真意はそういう事では有りませんけど。 
しんちゃん
2008年06月18日 21:00
正論かもさん。今日は。
おほほ‥別スレッド期待しております。

 でもですよ、異性に対して「セックスアピール」を感じることと、他者(生命)に対して「慈愛」の念を抱くことは、異質ですが、「両立」もするんじゃないでしょうか。
いい例かどうか分かりませんが、「動物愛護家」が同時に「面食い」なんてざらにありそうです。
また、カラスに慈愛の念を抱いたからといって、カラスを恋愛や結婚の対象とするのは、現実的ではないでしょう。

言いたいのは「負けてしまった者に対する慈愛」に対する反対の意味として「本能的に強くて優秀な男性(男性なら、美しい女性だろう)を求める」は不適切なのではないか?ということです。
 
 なぜ、そのようなコメントをするのかといえば、元記事は「本能、セックスアピール、その結果としての恋愛や結婚」を一つの主題としている印象を受けたからです。

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