賛否両論なき日本のネット民主主義

これは、kei さんのブログからの紹介です。

(太字は正論かもによります。)
(正論かもの意見・・・マスメディアは職業としてありますから、取材力・財力等素人の及ぶところではありません。
 ゆえに、真実へ到達することも出来るでしょうし、場合によっては歪曲・捏造・間違い・世論操作の可能性もあります。
 この本質的なところは、ジャーナリストの方々の知と理と品にお任せするしかないと思います。)


日本では、インターネットは民主主義やジャーナリズムといった社会の基盤の強化にはいたっていません。
マスメディアが苦境に陥ってもインターネットがあれば大丈夫とはいえないのが現状です。

日本における民主主義やジャーナリズムの将来のためには、マスメディアの再生が不可欠なのです。(岸 博幸)

 http://diamond.jp/series/kishi/10027/

 トーマス・ジェファーソンのことを知らない人はいないでしょう。
米国が欧州の植民地支配から独立するときにアメリカ独立宣言を起草した人物であり、民主主義の歴史を語る上で欠かせない人物です。
では、読者の皆様は、そのジェファーソンが1787年に記した以下の名言をご存知でしょうか。
「“新聞のない政府と“政府のない新聞のどちらかを選べと言われたら、私は迷わず後者を選択するであろう。」

 時代は移って21世紀に入り、デジタルとインターネットの普及によって、世界中の新聞が広告収入の激減で瀕死の危機に喘いでいます。
新聞ほどひどくないにしても、テレビ、特にローカル放送も同様の苦境に直面しています。
トーマス・ジェファーソンが重視した新聞のみならず、ジャーナリズムの担い手であるマスメディア全体が崩壊の危機にあるのです。
マスメディアのビジネスモデルが時代遅れになったことが最大の要因であり、経済危機はそれを早めただけに過ぎません。

 その一方で、マスメディアから逃げ出した広告費が流入してネットは隆盛を極めています。
その中で、マスメディアはネットを積極的に取り込み、草の根のシチズン・ジャーナリズムが勃興し、今やネットがジャーナリズムの担い手になるかのような勢いです。
 では、それは良いことなのでしょうか。

 ネット上では様々な意見が述べられています。すべての個人が自らの意見を発信できるネットの有用性はご存知の通りですが、戦後、長い間マスメディアに一方的に世論を押し付けられた結果、自分で物事を考えることを失ってしまったのか、ネットにおいても一色に染め上げられた発言が多い気がします。

 以前はネットの普及とともに個人の意見が反映される民主主義が強化されるであろうと言われていましたが、まだまだその域には達していないようです。
 
 何かネットは、陰湿で人間の感情をそのままぶちまけるような無法地帯と化しているかのようなイメージがあるのも、ネットの負の部分にしかスポットを当てていないからに他なりません。

 たしかにマイナス面もあると思います。それは単なるコミュニケーション上の問題であって現実の世界でも同じはずです。
ただ、時間的空間的に広がりが大きいネットでは、その波及効果が大きいだけです。
逆にネットは正の部分も波及効果は大きいのです。

 コミュニケーションツールにしか過ぎないネットを批判することは技術革新をやめて旧世代に戻ろうという意見に他なりません。
 火を扱うのが危ないから、使わないでおこうという意見と同義です。

 グーグルやヤフーで検索結果の最初の数ページを開いてみると、同じような内容で、評論家と称する一部の人たちの意見の引用と礼賛ばかりが目につきます。

 民主主義とはなにか、共産主義とはなにかを体感することなく育ってきた我々にはなかなかネットを使いこなすまでにはいたっていないのが現状なのではないでしょうか。

 岸 博幸さんがおっしゃられているように、ネットの世論の堕落は、ワイドショーを中心としたマスメディアの報道の堕落と共にあります。
いままでどおり右へ倣えでは、利権がらみの評論家や素人のコメンテーターの意見が世論を誘導した場合、大きく道を誤まってしまいます。
政治もこのようなよくわからない世論に振り回されている始末です。

 ならばマスコミかネットがどちらかが健全なオピニオンリーダーとして立ち上がらなければなりません。

 現在、経済危機が深まるにつれ、広告収入が激減し世界的にマスコミの苦境は更に厳しいものとなっています。ならば、自分目線で健全な論議がネット上で行われるために、高尚な意見交換の場を作り上げることです。
カメラやビデオ片手にブログ記事を書き上げるような個人ジャーナリストも必要だと思います。

 今までのブロードキャスト方式から双方向へ向かっている事実を無視してはなりません。以外にマスコミはネットと融合する形のサービスで活路をみいだせるかもしれません。

 ネットはあくまでコミュニケーションツールです。
潜在的な意見を吸い上げ、議論するには最高の道具なのです。
ようは使う人の問題ではないでしょうか。

参考 ジャーナリズム崩壊 (幻冬舎新書)

 <kei さんのブログ のURL・・・http://ecostock.seesaa.net/article/114210405.html

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この記事へのコメント

しんちゃん
2009年02月15日 09:28
正論かもさん、今日は。

要は使い方だと思います。こちらにコメントされている、西森憲司様やロッキー様のコメントには知性や品性を感じます。鋭いご指摘もされてます。とても良心的だと思います。

ネット上でのやりとりはとかく「誤解」が多いものです。ブログも意見交換の場としては良いでしょうが、意見や語句の意味が不明の場合は再度その意図を「確認」するなりすれば、かなり有意義な場になるかと思われます。特に反論する場合は相手の意見の「真意」を十分確認してからでないと感情的な応酬に発展しかねません。

記事の「内容」も勿論大切です。最近紹介させて頂いたブログ『困った時はダンマパダ』なども極めて論理的に構成されていて、議論にはいいでしょう。内容も「不幸の原因をいかになくすか?」ということでいいと思ってます。感情的な記事の場合は「好き、嫌い」のレベルでしか考えられないからです。

『社会派正論かも』は不幸の種を取り除くという主旨なので、大いに有意義だと思います。何故なら「不幸の種(原因)を取り除く」ことはすなわち「幸福への道」だからです。もっと読まれてほしいと思います。
ロッキー
2009年02月16日 11:54
しんちゃん様

様付けの上に知性と品性(笑)
お恥ずかしい限りで(恥)


企業的マスメディアと個人的マスメディアとの構図でしょうか。

企業的マスメディアは取材力や行動力に於て絶対的に強いが、広告企業に逆らえない。


個人的マスメディアはしがらみの無い書き方が出来るが、取材力の弱さから来る偏向がある。


最終的には、どちらが世論を誘導するか、と言うところが問題なんだと思うんですが、これは世論自体の構成要員たる個人的マスメディアの圧倒的勝利ですな。

確かに、稚拙な論議・暴論も多いし、誹謗・中傷は日常茶飯事。


でも、社会は、企業的マスメディアを既に色眼鏡で見始めていて、一律に世論誘導するなんて出来ない。


ついでに、これらを統率しようとすれば、民主主義に反する。


企業マスメディアには、それら社会を飲み込んだ意味での報道をしてもらいたいし、高所から物言うのではなく、民草の中に混じり、共に辛酸をなめ、苦しみながら物を言う、真実を知った立場で報道をしてもらいたいと思います。




正論かも
2009年02月16日 16:34
 しんちゃん さん。ロッキーさん。今日は。
ロッキーさんをはじめ、西森憲司さんなど素晴らしい方々に読んで頂いている事は、
私の誇りでもあり、とっても嬉しい事です。
感謝しております。 
 勿論、しんちゃん さんからは貴重なご意見も頂いてまして、有り難く思っております。

なお、エゴにつきまして、私なりの考えが纏まってきておりますが、まだ仰ってるエゴの意味が良く解っていませんので、UPするのはもう少し後になるのかな。と考えております。

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