心理的硬さ とは 『坊っちゃん』考

 事象や人への思考・判断をする際に、それぞれの一致点、相違点、類似点などをあまり考慮せず、単純で断定的な結論を出そうとする心理的姿勢を言う。

 例えば、夏目漱石の『坊っちゃん』に描かれている場面。

冒頭のところで、周りに二階から飛び降りてみろと囃され、飛び降りてしまいました。

 西洋製のナイフを周りに見せていたら、君の指を切ってみろ、と言われて切ってしまいました。

この無鉄砲さは損ばかりすることになります。

 周りは本気で飛び降りろ、とか指を切れとかは言ってないはずなんです。一種のからかいですね。 

しかし、一つの方向にしか傾かない‘坊ちゃん’の心理的硬さによって飛び降りたり、自分の指を切ってしまいます。


<坊っちゃん 夏目漱石

 一

 親譲(おやゆず)りの無鉄砲(むてっぽう)で小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰(こし)を抜(ぬ)かした事がある。なぜそんな無闇(むやみ)をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談(じょうだん)に、いくら威張(いば)っても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃(はや)したからである。小使(こづかい)に負ぶさって帰って来た時、おやじが大きな眼(め)をして二階ぐらいから飛び降りて腰を抜かす奴(やつ)があるかと云(い)ったから、この次は抜かさずに飛んで見せますと答えた。

 親類のものから西洋製のナイフを貰(もら)って奇麗(きれい)な刃(は)を日に翳(かざ)して、友達(ともだち)に見せていたら、一人が光る事は光るが切れそうもないと云った。切れぬ事があるか、何でも切ってみせると受け合った。そんなら君の指を切ってみろと注文したから、何だ指ぐらいこの通りだと右の手の親指の甲(こう)をはすに切り込(こ)んだ。幸(さいわい)ナイフが小さいのと、親指の骨が堅(かた)かったので、今だに親指は手に付いている。しかし創痕(きずあと)は死ぬまで消えぬ。>


 上は、子供の時分の出来事ですが、そんな行動性向は大人になってからも続きます。

赴任先の校長から、訓示を聞きますが全てを鵜呑みにしてしまうのですね。

 『生徒の模範(もはん)になれ』『一校の師表(しひょう)と仰(あお)がれなくてはいかん』『学問以外に個人の徳化を及(およ)ぼさなくては教育者になれない』 校長は形式的な面も含めて理想を語ったと思われますが、坊っちゃんはこれらを文字通りに受け止めてしまいます。 

そして、『おれは嘘(うそ)をつくのが嫌(きら)いだから、仕方がない、だまされて来たのだとあきらめて、思い切りよく、ここで断(こと)わって帰っちまおうと思った。』 となるのですね。
 
<二

 校長は時計を出して見て、追々(おいおい)ゆるりと話すつもりだが、まず大体の事を呑(の)み込んでおいてもらおうと云って、それから教育の精神について長いお談義を聞かした。おれは無論いい加減に聞いていたが、途中からこれは飛んだ所へ来たと思った。校長の云うようにはとても出来ない。おれみたような無鉄砲(むてっぽう)なものをつらまえて、生徒の模範(もはん)になれの、一校の師表(しひょう)と仰(あお)がれなくてはいかんの、学問以外に個人の徳化を及(およ)ぼさなくては教育者になれないの、と無暗に法外な注文をする。そんなえらい人が月給四十円で遥々(はるばる)こんな田舎へくるもんか。人間は大概似たもんだ。腹が立てば喧嘩(けんか)の一つぐらいは誰でもするだろうと思ってたが、この様子じゃめったに口も聞けない、散歩も出来ない。そんなむずかしい役なら雇(やと)う前にこれこれだと話すがいい。おれは嘘(うそ)をつくのが嫌(きら)いだから、仕方がない、だまされて来たのだとあきらめて、思い切りよく、ここで断(こと)わって帰っちまおうと思った。>


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